2021/06/22  
SENNHEISER HD600の話

SENNHEISER HD600(復刻版 ルーマニア製 20210530購入)
以前からHD650にバーンインノイズ流したいなと思っていたのだが、HD650は基準にしているのでそれはしたくない。ではもう一つHD650を買うか?それもつまらないのでしたくないなと思っていました。そこでHD660SかHD600のどちらかを買ってそれをバーンインノイズのテストに使おうと考えていました。HD600にしたのはHD600はいつか手に入れておこうと思っていたのと、ちょうどお値段がお安くなっていたからね。

とりあえずバーンインノイズを流していない状態での評価。評価にはPMA-60を使用。
エージングは0.69Vrms(sine 1kHz, fullscale)のボリューム位置で通常の音楽を200時間。200時間程度だとほとんど鳴らしてないに等しいので、本来はもっと長く鳴らさないといけないのですが、200時間でレビューを書いているのは、200時間の段階でボリュームを大きく変えてエージングしたから。そしてボリュームを大きくすると明らかにHD650より音が良くなったのですが、このまま「HD600はHD650よりも音が良いです!」と評価するのはまずいので、200時間時の印象を書いておくことにした。通常よりちょっと大きい程度の音量で200時間鳴らした状態でも、長年使っているHD650と大差ないと言う評価で、以前持っていたHD580とも似たような音質レベルなので、このまま長時間再生してもそこまで大きな差は開かないでしょう。


さて、HD600の音だが、解像度的にはHD650とほぼ同レベル。だが解像度では同レベルでも、HD650の方がしなやかで豊潤でリッチな音が出ている。

傾向はニュートラルだがやや曇り傾向。詰まり感なし。閉塞感なし。抑圧感なし。解像度はHD650と互角。奥行きは0.3m(PMA-60使用時)ってところ。奥行きはHD650の方が良くて開放感のある鳴り方。と言うかHD600の方はスピーカーへの音の張り付き感が強くて頭内定位感のある鳴り方です。このあたりの差はHD650の方が使い込んでいるからかもしれないし、バーンインノイズを流せば改善してしまうだろうから気にしていません。
 付け加えると、すっきりクッキリした音ではありません。霞がかったような若干モヤついた音です。この癖はHD650と共通で、よく「HD650はHD600とは全く別物」と言われるけどそんなことは全くないと思います。これはHD650/600が放射しているノイズ成分の問題で、fバランスの問題ではないので、低音が減ったからスッキリ聴こえると言うものではありません。
 この霞がかったモヤつきはディティールをスポイルして解像度を低下させ、同時に微小音をマスキングしてSNとダイナミクスも低下させています。特に鮮烈さが不足している。比べるとHPT-700の方がクリアで解像度も明らか高い。HPT-700と比べると、HD600は奥行きも浅くていかにもヘッドホンという感じの古典的な音。実際ヘッドホンの古典なのですが。


ここまでネガティブなことしか書いていませんが、良いところも書いておきましょう。

 このヘッドホンの良いところは、どこまで行っても音楽が破綻しない優れたバランス感覚です。この点は見事なもので、ゼンハイザー・ベールを勘案しなければ、HPT-700やDT880 Edition/600よりも自然な音と言えます。
またHD650より自然な音で音色がよりしっくりくるのはHD600の方。上で上げたように古典的な音なのだが、古典的であるがゆえに現在でも通用する普遍的良さを持っていて、解像度とか奥行きが優れているわけではないが、それなのに意外と音楽的な音だ。知らず知らずHD600の音を楽しんでいる自分がいる。

このレビューを字面通り捉えるなら、私がHD600にかなりの低評価をしていると思われるかもしれませんが、そうであればそもそも買わないでしょう。HD650を使っていて、「HD650も霞がかったモヤつきがなければ無敵やん」と思っていたから購入したわけで。
HD600も現状良い音を出していないが、良い音を出せるポテンシャルはあると思っているし、それが出来るであろう手段も有している。実際良くなるかはやってみないと分からんけどね。










・HD600/650のモヤ付きを軽減する方法としてケーブルやアンプを変える方法があります。
ATOLL HD120やiFi iDSD diabloレベルのアンプであればHD600/650のモヤつきは単独で聴く限りはそれほど気にならなくなります。ATOLL HD120だとHD650でnighthawk carbon(PMA-60)と同等かそれよりちょい良いくらいの音が鳴らせるので。HPT-700(PMA-60)の音質ならすぐぶち抜ける。PMA-60はHD600/650のモヤつきが気にならないレベルの音を鳴らすには、不十分なパフォーマンスと言えるでしょう。それでもPMA-60は一般的な機械より若干音が良いレベルではあるので、世間一般に近い音で評価ができているとは思う。PMA-60で鳴らすとHD650も世評通りの音だね。

HD650とアンプは切っても切れない話題なので、個人的な見解を言うと

HD650と言えばアンプ喰いと有名で鳴らすのにお金がかかると言われています。さらによく言われるのがインピーダンスが大きいからパワーがいるとか、このモヤつきを無くすには駆動力のあるアンプがいるとか・・・
パワーがある方が大音量でも歪みにくく余裕があるのは間違っていないのですが、単純にパワーのある専用ヘッドホンアンプでもPMA-60より音悪いのはいくらでもあるし、パワーがあれば音が良いって言うのは必ず当てはまるわけではありません。

ATOLL HD120のところにも書いたのですが、オーディオとはノイズとの戦いで、音楽信号以外のノイズ成分を減らすことが音質を上げる唯一の方法です。アンプで音を良くする。ケーブルで音を良くする。ヘッドホンで音を良くする。振動対策で音を良くする。これらはどれもノイズを減らして音を良くしているという点においては本質的には同じです。機械的ノイズか電気的ノイズかの違いはありますがね。オーディオで音質を良くすると言うのはこれが本質です。極論を言ってしまえば良い音のアンプとはノイズの少ないアンプであり、良い音のヘッドホンとはノイズの少ないヘッドホンと言うことになります。もっともカタログスペックに表れないレベルのノイズも音質に効くのでカタログスペックはそこまで当てには出来ないのですが。

つまり何が言いたいのかと言うと、上のHD120の例ではアンプのノイズを減らして、音のクリアネスを上げているというわけで、HD600/650固有のノイズ放射が無くなったわけではないと言うことです。HD600/650のしている仕事は何一つ変わっていない。当然同じ環境で鳴らすとnighthawk carbonの方がクリアで良い音が鳴ります。結局ヘッドホンもオーディオシステムの部品の一つに過ぎないわけだから、ヘッドホン中心で考えてHD600/650には弩級アンプが必要と言う考えは意味はないと思います。HD600/650は特別鳴らしにくいとは感じませんし、DT880 Edition/600のように明らかにパワーのあるアンプがいるレベルではありません。アンプを変えてもアンプを変えたなりの変化をします。ヘッドホンの上下が逆転する変化は体験したことがありません。「せっかく買ったHD600/650をもっと良い音で鳴らしたいから良いアンプを買おう」と言うのは正しい判断です。良いアンプを奢ればそれだけ音は良くなるでしょう。ですがそれは他のヘッドホンでも同じことです。HD600/650を特別視する理由にはなりえません!
。。。。。。。と言いたいところなのですが、HD600/650は他のヘッドホンよりも素性が良く、音が素直なので、モヤ付きが全く気にならなくなるほどクリアネスを上げられれば、音の素直さが生きてきて他のヘッドホンとの逆転は十分あり得ると思います。音質レベルが上がってくると今度はヘッドホンの癖が足を引っ張っているのが分かってしまうと言うのはよくあるので。今まで良いと思っていても、「あれ?このヘッドホン思ってたより良くないじゃん」と評価が逆転することがあります。ただしアンプだけでそのレベルの音質を得ようとすると、恐らくHD120やiDSD diabloの3-4倍以上のポテンシャルは必要になるでしょう。それは全ての部品を専用設計で一から作るくらいコスト無視すれば可能だとは思いますが、現実的ではないでしょう。結局多くの人が考えるのは「そこまでしてHD600/650にこだわる必要はなくない?」ってことだと思います。今は上位のHD800も存在しますからね。

まとめると

・HD600/650は鳴らしにくい? HD600/650は他よりちょっとボリューム上げる必要があるヘッドホンってだけで、鳴らしにくいヘッドホンではありません。スペックから予想するよりもボリューム位置は低いです。

・アンプの必要性?これは他のヘッドホンと同じ扱いで良いです。つまり今より良い音にしたければ良いアンプを奢るべきでしょう。

・音がモヤついている? HD600/650固有の特性です。「HD600/650は超正確なヘッドホンで、あなたの環境が特別モヤ付いた音を出しているからモヤ付いた音になる」ってことではないのでご安心を。ただし、正確に言うと電子部品はアホみたいに音が濁るので、あなたが思っている以上にアンプの音は濁っています。なので絶対的な視点で言えば「あなたの環境がモヤ付いた音を出しているからモヤ付いた音になる。」と言うのは半分は正解でしょう。確かに濁りの少ない環境にすればモヤつきは減らせます。ですがHD600/650は他のヘッドホンと比べて相対的に濁りの多い機種なので、HD600/650で音がモヤ付いていたからと言って、他と比べて特別モヤ付きの多い音を出す環境とは言えないでしょう。モヤ付きをアンプのクリアネスを上げて是正するか、ヘッドホン自体を変えるか、そんなもんだと受け入れるかはあなた次第です。










・ついでに大音量でエージングするとどうなったか書いておきましょう。
 上で「解像度では同レベルでも、HD650の方がしなやかで豊潤でリッチな音が出ている。」と書きましたが、HD600は音色が抑圧されていてHD650と比べると色彩感に劣る音。色彩感に劣るからスッキリ聴こえると言われるのでしょう。だけど、濁りはHD650と同様に感じられるし、世間で言われるようなHD650とは全く違う傾向とも思えませんでした。どちらかと言うとHD650から表現力を少し落としたような感じだと思いました。もちろんこれはエージング時間の違いも効いているのでしょうが、個人的にはどうも納得できなかったので、大音量で鳴らすことにしました。
音源はバーンインノイズでなく通常の音楽を使用。HD600はnighthawk carbonほど音源の影響は受けませんが、仕上がり音質が悪い音源に当たると思ったより音が悪くなったので、nighthawk carbonのテストで音質が良かった「玉置浩二_cafe japan(アルバムを最後まで再生)」の音源を最終仕上げ用の音源として最後に1回だけ再生しました。
 通常の音楽だとどんな波形が入っているか分からないので最大入力で鳴らすのはリスクがあります。また、あまり音量が大きすぎるとかえって歪が入ってしまうことがあるので、3V以下で鳴らすことにしました。今回は最大入力電圧の1/3の2.60Vrms(sine 1kHz, fullscale, 300ohm load)のボリューム位置で再生しました。実用使用電圧の5-6倍ってところでしょうか。ボリューム位置としてはDR DAC3で言うと大体2時くらいの位置です。エージング時間は大音量で鳴らし始めて300時間。通常音量時と合わせて合計500時間。これでも十分な時間でないことは留意しておいてください。

 この方法を使うと、濁りやモヤつきはかなり軽減します。と言っても完全には無くなっていないし、これより音が良いものと比べるなら音が濁って聴こえるし、音が鈍っているのだが、価格的に似たようなクラスでクッキリ傾向のHPT-700と比べてモヤついていると言う感じではなくなります。
傾向はニュートラルだがややソフト傾向。詰まり感なし。閉塞感なし。抑圧感なし。解像度はHPT-700と互角。HD650(標準ケーブル)の+240段ほど上の位置づけと言う感じ。奥行きは30m(PMA-60使用時)ってところ。HPT-700のようなエッジが強調されている感じでなくて、少し丸い音なのだが、音が濁る感じはしないし、クッキリ鳴らしてほしい時はクッキリ鳴るので十分合格点な鳴り方。もう少し鮮やかな鳴りだと良いのだが。解像度はHPT-700と互角で、HPT-700ハウジング由来の濁りがあるのが分かる程度には素性が良い。HD650と比べても、あからさまにモヤ付きが減っているのが分かるくらいスッキリ鳴る。音が少し丸いことを除けば大きな癖は感じられない。奥行きはHPT-700と比べて若干劣る。もともと得意じゃないのかも。
あと、音色の色彩感に関しては、この方法でエージングしても、改善はされているが、HPT-700やHD650と比べて互角か僅かに劣る印象だった。大音量でエージングしたらすぐぶち抜けると思っていたのだが、これももともと得意じゃないのだろう。もしかしたら振動板以外の要素が悪さしているのかもしれない。

とは言ってもこの方法は大音量で鳴らすだけで、HPT-700に近い音質レベルが鳴らせるのでコスパは最高です。タダで出来るからね。HD600のモヤ付きが気になる方はパワーを入れて鳴らしてみると良いでしょう。普通に鳴らしていたのでは評判倒れの音しか出ません。HD650は基準のため大音量エージングはしていませんが、恐らく似たような効果があると思います。

ちなみに比較に使ったHPT-700,HD650は大音量エージングはしていません。



着け心地その他

HD600(2021年ver)は見た目がかなり簡素化されていて、道具っぽさが増している。HD650(おそらく2008年ver)の方は光沢のある塗装がされているのだが、高級感があると言うよりもHD650の方が手間がかかっているのが分かる程度の差。HD650を見て高そうなヘッドホンとは思わないでしょう?そういうことです。個人的には割り切って道具感を出したHD600の方が好みかな。

ケーブルはHD600の方が細く分岐部も簡略化されたものになっています。HD650のケーブルの方が太くてしっかりしてそうな感じ。音質は比べていないので分からない。HD650のケーブル同様、どうせ大した音ではないので確認する意味もないでしょう。ただしケーブルの使い勝手に関してはHD650の方が良いです。HD600のケーブルはEPT-700ほどではありませんが、グリップのある外被でケーブル同士が重なっていると引っかかりやすく、絡まりやすいです。HD650のケーブルはそんなことなくて摩擦の少ない滑りやすい外被です。もしかしたら現行のHD650のケーブルも素材が変更されているのかもしれませんが、この外被はいただけない。



上がHD600、下がHD650。


かけ心地はHD650とほぼ一緒。

HD650ではよく言われていたことですが、HD600シリーズは部品がはめ込み式になっていてドライバーユニットもはめ込み式になっているのですが、はめ込みの爪にちゃんと引っかかっていないことがあるようです。私のHD600はLchの爪がちゃんと嵌まっていませんでした。はめ込み直すと大きく音が変わるようなことはありませんでしたが、奥行きが若干良くなって、定位が若干改善しました。買った人は確認してみると良いでしょう。




では、HD600は買いか?
 バーンインノイズを流していない素の状態の音質での評価なら、HD600は価格次第では検討に値するでしょう。HPT-700やDT880 Edition/600の方が高解像ではあるが、HPT-700は音が痩せ気味だし、そもそももう手に入らない。DT880 Edition/600は高域は量だけで質感が悪いし、サ行が掠れまくると言う欠点がある。そこいくとHD600は絶対に破綻しないバランスなので自然で心地良い音を出せる。それにかつて世界を席巻した伝説のヘッドホンでもある。価格は3万円くらいなら買いかな。HD650に近いレベルの音質で価格が3万くらいまで下がっていればお買い得感がある。4万円ならHD650(4.6万円)との価格差が小さいうえに、HD660S(5万円)が射程に入ってくるので悩ましい価格設定ではあるなと思う。 HD660Sは持っていないので何とも言えないのですが、HD600とHD650の価格差が6000円くらいなら私ならHD650を買います。世間では「HD600はフラットでスッキリ、HD650は低音盛っていてボワついてて・・・」と言われるけど、HD650もそんなにおかしな音は出していないし、そもそもHD600がフラットと言ってもあくまでSENNHEISERの音で、原音のイメージそのものを出力してくれるわけではありません。HD600もHD650もSENNHEISERの音と括ってしまえば似たようなものなのです。それにHD650の方が音色の色彩感に優れている。そこにお金を余計に払う価値があります。HD600は少し色あせた感じの地味な音色で、これは音色のグラデーションが綺麗に出ていないのが原因なのですが、この問題は高域が出ている/出ていないとか低域がどうとか、そういう問題ではないのです。ノイズで音色が汚れているから起こる問題なのです。はっきり言ってしまうとHD650の方が音質が優れています。分かりやすく言うとHD650の音質を100とすればHD600は87といったところでしょうか。結論としてはHD600の価格が3万円なら買いだが、4万円ならHD650を検討した方が良いでしょう。









 HD600を買う前は「HD600はHD650と同等レベルの音質で、HD600の方がよりフラットで素直な音が出る」と予想していたので「HD600の前にはHD650を買う意義はもはや無い。」とでも書こうと思っていた。解像度的には同等レベルで、よりプレインな音が出るというのは間違っていなかったのだが、聴けば聴くほどHD650の方が優れていると言わざるえなくなった。実際に買ってじっくり聴いてみないと分からないことって多いであるな。






2021/06/22 執筆    
2021/06/26 公開